学会概要

日本核酸化学会とは

 1953年にWatsonとCrickが遺伝子という漠然とした概念を、二重らせんDNAという具体的な化学構造として提示してから、生命現象を精緻な化学反応として捉える分子生物学の爆発的な進歩が始まった。DNA配列の人為的な改変は遺伝子操作を可能とし、バイオテクノロジーという生命現象の工学的な応用を実現した。その礎となったのは、先述のWatsonとCrickによる二重らせん構造の発見、そして1957年のToddのヌクレオシド・ヌクレオチド類の化学修飾、そして1968年のKhoranaへのノーベル賞授与に代表されるリン酸ジエステル法、アミダイト法によるDNAの化学合成法の開発と固相合成への展開に基づく自動合成機の開発と普及である事は言を俟たない。

 1978年アンチセンス法の実践、1980年代のリボザイムの発見、1990年SELEXおよびアプタマー概念の提出、2000年前後のRNA干渉やマイクロRNAの発見、さらに2003年のヒトゲノムの全塩基配列の解明などを通じて、分子生物学において生命を司る化学物質としての核酸の地位を確固たるものにした。さらに超分子的観点から、精緻な相補的塩基対形成を駆動力とし自発的に二重鎖を形成する核酸の魅惑は、生物学者のみならず多くの化学者の研究対象となり、その超分子性のメカニズム解明、新たな核酸のデザイン、さらには医療、バイオマテリアルなどへの応用を目指すナノ・バイオマテリアル研究へと発展し、核酸化学という新たな分野の確立に至った。

 1973年秋に、日本の核酸化学者が一堂に会し研究成果を活発に議論する場として第一回核酸化学シンポジウムが大阪大学蛋白質研究所で開催された。これ以降毎年多くの優れた研究成果がこのシンポジウムより発信され、日本の核酸化学研究の発展に大きく貢献してきた。年々拡大しつつある核酸化学シンポジウムは、2005年(平成17年)に国内だけでなく日本の優れた核酸化学研究を世界に発信することを目的に、第一線で活躍している海外の研究者も招いた国際シンポジウムへと発展した。我が国の核酸化学は、黎明期からその発展に大きく貢献しており、数多くの素晴らしい研究成果を挙げ、世界的に極めて高く評価されてきた。これら先駆的研究を礎とし、日本において多くの優れた核酸化学者が輩出された。

 世界の核酸化学者が一堂に会する国際会議である International Roundtable on Nucleosides, Nucleotides and Nucleic Acids (IRN3)は、我が国の核酸化学シンポジウムを模して始まったものでもあり、我が国の核酸化学のアカデミアは質、量ともに充実し、模範的な組織としても注目され、この国際会議を京都で開催するなど世界の核酸化学の中心的な役割を担ってきている。核酸化学シンポジウムも約40年の間に多彩な分野の多くの研究者を取り込み、従来の生物学的な枠を遥かに超越した存在になりつつある。すなわち核酸化学は、生命の真理を希求し、学理とその応用を考学する中心に位置しており、これらを俯瞰しつつ包括的に議論できる新たな組織の設立が強く求められている。

 このような背景に基づき、我々は日本核酸化学会の設立を提案するに至った。今後核酸化学は、異分野をさらに取り込みつつ大きく発展を遂げるだろう。日本から世界に向けて優れた研究業績を常に発信し、拡大しつつある核酸化学を更に大きく発展させることが日本核酸化学会の目的であり、責務であると信じる。このような趣旨にご賛同いただき、多くの研究者が日本核酸化学会に入会されることを期待したい。